

「収納グッズを揃えれば片付く」と思っているなら、実は7割以上の人がリバウンドしています。
作業療法士が日常的に使う「作業分析」という概念は、リハビリの現場だけのものではありません。作業療法における「作業分析」とは、ある動作や行為を細かい工程に分解し、身体機能・認知機能・環境の3つの側面からどこに問題があるかを特定する手法です。食事・更衣・入浴といったADL(日常生活動作)だけでなく、掃除や買い物・収納といったIADL(手段的日常生活動作)にも同様の分析が行われます。
つまり、収納も「作業」です。
たとえばクローゼットに洋服をしまうという行為を工程に分解すると、①洋服が汚れているか確認する、②洗濯が必要か判断する、③たたむ、④収納場所を決める、⑤しまう、という流れが生まれます。この工程のどこかに「実行しにくさ」があると、洋服が床に積み上がっていきます。
作業療法の分野では、日本作業療法士協会が2019年に発行した「認知症作業療法評価の手引き」のなかでも、生活行為(ADL・IADL)を工程に分けて評価する重要性が明記されています。実際の臨床では、収納ダンスの引き出しを開けられない・引き出しを安定した姿勢で操作できない・しまう場所を思い出せないといった工程ごとの詰まりを一つずつ整理します。
収納が散らかっている状態は「だらしない」のではなく、工程のどこかに負担が集中しているサインです。この視点を持つだけで、収納の見直し方が根本から変わります。
参考リンク:日本作業療法士協会「生活行為向上のための生活課題分析(IADL・QOL編)」掃除・収納動作の工程分析と環境調整の方法が具体的に記載されています。
収納グッズを購入しても部屋が散らかり続ける場合、多くの人が「意志が弱いから」と思い込んでいます。しかし作業療法士の視点からすると、原因は意志ではなく仕組みにあります。
原因は大きく3つです。
第一に、認知機能(特に遂行機能)の負担が大きすぎることが挙げられます。遂行機能とは、目標設定→計画立案→計画実行→効果的遂行という4段階のプロセスを管理する脳の機能です。「片付けなければ」と思っても、どこから始めていいかわからず立ち止まる経験は、この遂行機能が収納の工程数に追いついていないサインです。収納の工程を5工程以上にすると、前頭前野のワーキングメモリへの負荷が急増するという研究も報告されています。
これは重要です。
第二に、環境が身体動作に合っていないことも大きな原因です。棚の高さが腕を伸ばさないと届かない、引き出しが重くて開けにくい、収納ボックスが深すぎて中が見えないといった物理的な「使いにくさ」が積み重なると、無意識に収納行為を避けるようになります。これは意志の問題ではなく、環境が行動を誘導しているという考え方です。作業療法士の山田隆人氏は「環境が行動を、人の可能性を変える」と述べており、この視点はリハビリだけでなく収納設計にも直接応用できます。
第三が、「しまう場所が決まっていない」という工程の曖昧さです。使ったものを元の場所に戻す動作は、記憶と判断を同時に要求します。定位置が曖昧だと、毎回「ここでいいか」という判断が発生し、脳が疲れて「とりあえず床に置く」という選択が増えていきます。
3つとも、環境と工程の設計で対処できます。
参考リンク:認知機能と遂行機能(cogniscale.jp)|遂行機能の4要素(目標設定・計画立案・計画実行・効果的遂行)と、その障害が日常生活に与える影響が解説されています。
作業療法士は収納の問題を解決するとき、まず「収納という作業を工程に分解する」ところから始めます。なぜなら、解決策は原因が特定できて初めて有効になるからです。
以下が収納の作業分析に使える4ステップです。
ステップ①:収納動作をすべて書き出す
「服をしまう」という動作でも、実際には「選ぶ→判断する→たたむ→運ぶ→しまう場所を思い出す→収納する」という複数の工程が含まれています。この工程を全部紙に書き出すことで、どこで止まっているかが見えてきます。工程数が7つ以上になっている場合は、削減の余地があります。
ステップ②:身体的な負担がある工程を探す
しゃがむ・腕を伸ばす・重いものを持ち上げるといった動作が含まれている工程を確認します。身体的な負担が大きい工程ほど、長続きしません。特に腰より低い位置・肩より高い位置への収納は、毎日の行為として継続するには不向きです。腰の高さを中心にした「ゴールデンゾーン」への配置が基本です。
ステップ③:判断が必要な工程を減らす
「これはどこにしまうか」「このボックスに入るか」という判断は、脳の作業記憶を消費します。判断ゼロにするのは難しくても、ラベルを貼る・透明ケースを使う・カテゴリーごとに場所を固定するといった方法で、判断のコストを大きく下げられます。1つの収納アクションにかかる判断回数を3回以下にするのが目安です。
ステップ④:元に戻す動作の摩擦を最小化する
作業療法士が収納の環境調整で最も重視するのが、「元に戻す」動作のしやすさです。出すよりも戻すほうが面倒という状態は、収納リバウンドの直接原因になります。フタなし・引き出しなし・ワンアクションで収納できる仕組みは、この摩擦を減らすための代表的な方法です。
4ステップで工程が整理できます。
収納が苦手な理由として「物が多すぎる」「整理整頓が下手」という説明がよく使われます。しかし作業療法士の視点からすると、多くの場合、問題は物の量ではなく認知処理の負担にあります。これは医療・介護の現場以外ではほとんど知られていない視点です。
第44回近畿作業療法学会(2024年)で発表された研究では、「片付けができない理由の背景には認知処理能力が影響している」と報告されています。これは認知症の方だけの話ではありません。健常な成人でも、疲労・睡眠不足・ストレスによってワーキングメモリの容量が低下すると、収納動作が著しく非効率になることが示されています。
ワーキングメモリは、「一時的に情報を保持しながら処理を行う」脳の機能です。料理や片付けのように複数のことを同時に考えながら進める作業には、このワーキングメモリが大きく関与しています。
意外ですね。
疲れているときに部屋が散らかりやすい、仕事のストレスが多い時期に収納が崩れやすいといった体験は、単なる「気力の問題」ではなく、ワーキングメモリの消耗を反映しているのです。この視点を知っておくだけで、自己嫌悪のループから抜け出しやすくなります。
さらに、作業療法士が「物の整理状況から認知機能を推測する」という方法を実際に用いていることも注目に値します(社会生活環境研究所・山田隆人氏の実践例より)。逆に言えば、収納の状態が認知的な負担のバロメーターになっているということです。
収納改善は自己管理の問題だけではありません。
認知機能への負担を下げるためには、「考えなくても収納できる仕組み」を作ることが有効です。具体的には、全ての収納アイテムの定位置を明確にし・ラベルや色分けで判断ゼロにし・収納の動作を2アクション以内に収めるという3点が、作業療法の現場で実際に使われている環境調整の方法です。
参考リンク:ワーキングメモリとは何か?(kohaken.net)|片付けや料理などの家事にワーキングメモリがどのように関与しているかが解説されています。
作業分析の結果、問題が特定できたら、次は環境調整です。作業療法士が実際に行う環境調整のアプローチは、収納設計にそのまま応用できる内容が多くあります。
まず、身体動作の負担を下げる高さ設定が基本です。日本作業療法士協会の地域支援テキストには、収納ダンス・引き出しを安定した姿勢で開けることができるか、という評価項目が明記されています。これを一般家庭の収納に置き換えると、「最もよく使うものは腰から目線の高さの範囲(床から約70〜150cm)に配置する」という原則になります。これはA4用紙の横幅(約21cm)が机の段差の参考にされるように、自分の身体尺度に合わせた収納配置が継続可能な収納の土台になります。
次に、「戻す動作」が1アクションで完結する仕組みの設計です。フタを開ける・引き出しを引く・折りたたむという動作が「戻す」工程に含まれていると、摩擦が増えて継続が難しくなります。作業療法士が高齢者や障害のある方の生活環境を整えるとき、道具の「決まった位置」への設置と「ワンアクション収納」を徹底するのはこのためです。健常な方にとっても同じ原則が有効で、フタなしボックスや仕切りトレーを使うと戻す動作の摩擦が大きく減ります。
さらに、視覚的なわかりやすさ(見える化)の工夫も有効です。作業療法士が「認知症がある方への住宅改修は見通し・識別・見える収納で」と整理しているように、「どこに何があるか一目でわかる」収納は、認知機能への負担を大幅に下げます。透明ケース・ラベリング・色分けは、決して見た目だけの問題ではなく、脳の認知処理コストを削減するための仕組みです。
これは使えそうです。
最後に、「使う場所に置く」という動線の合理化があります。作業療法士が掃除動作の環境調整で「普段から動線には物を床へ置かないように配慮する」と助言するように、物の置き場所が使う場所から遠いほど収納の摩擦が増えます。キッチンで使う道具はキッチンに、玄関で使うものは玄関に、というように「使う場所の近く=収納場所」にする原則は、収納の継続性を高める最もシンプルな方法です。
これら4つのアプローチは、どれか1つでも取り入れるだけで日常の収納負担を目に見えて下げることができます。費用をかけずに、今日から始められるものばかりです。
参考リンク:日本作業療法士協会「生活行為向上のための生活課題分析(ADL編)」収納ダンスの開閉・衣類の出し入れを含む更衣動作の工程分析と、身体・認知・環境面ごとの具体的な助言が掲載されています。

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