

あなたが毎日使う電気代は、電磁鋼板の技術格差によって実は数千円単位で変わっています。
電磁鋼板という名前を聞いても、日常生活にどう関係するのか、すぐにはイメージしにくいかもしれません。しかし実は、家庭の電気コンセントから電力が届くまでの過程で、必ずといっていいほど電磁鋼板は登場しています。
電磁鋼板とは、鉄にケイ素などを加えることで磁気特性を大幅に高めた特殊な鋼板のことです。通常の鉄板に比べて「磁石になりやすく、かつ電気を流しにくい」という特性を持たせることで、電力ロスを大幅に抑えることができます。発電所から家庭に電気を届ける変圧器、工場や電車のモーター、そして近年急速に普及しているEV(電気自動車)の駆動モーターなど、あらゆる「電気を使う機械」の心臓部に使われています。
電磁鋼板は大きく2種類に分けられます。まず方向性電磁鋼板は、一定の方向(圧延方向)にのみ極めて優れた磁気特性を発揮する素材で、主に変圧器の鉄心(コア)に使われます。変圧器内では磁束が常に一定方向に流れるため、方向性のある素材が最適です。変圧器の熱損失を25%軽減し、うなり騒音を4分の1に減らす効果があります。次に無方向性電磁鋼板は、板面上のどの方向にも均等に優れた磁気特性を持つ素材で、回転するモーターなどに使われます。モーターは回転に伴い磁束の向きが刻々と変わるため、どの方向にも対応できる無方向性のものが必要なのです。
日本製鉄(旧・新日本製鐵)は、1961年から電磁鋼板技術の開発に着手し、1968年に世界で初めて方向性電磁鋼板の量産化に成功しました。これは当時の日本の製造業の技術力を示す金字塔のような出来事でした。その後も薄型化・高効率化の研究を重ね、業界では「鉄の芸術品」とまで称される高品質の製品を世に送り出してきました。
この技術の核心は、結晶制御・熱処理・圧延条件など、数十年にわたって積み重ねられた膨大なノウハウにあります。つまり数字に落とし込める部分だけでなく、「言語化できない職人的知見」が品質を支えているのです。
参考として、日本製鉄の電磁鋼板技術の詳細については以下のページで確認できます。
日本製鉄とポスコ(韓国最大手の鉄鋼メーカー)の関係は、長年にわたる技術提携パートナーとして始まりました。ところが2007年ごろ、あるきっかけでその裏側に衝撃的な事実が浮上します。
発端は、ポスコの元社員が中国の宝山鋼鉄に技術を不正開示した事件の裁判中の証言でした。その元社員が「自分がポスコに提供した技術は、もともと新日本製鐵から入手したものだ」と証言したのです。これにより、日本製鉄(当時:新日本製鐵)の方向性電磁鋼板の製造ノウハウが、退職した元技術者を通じてポスコへ流出していた疑惑が表面化しました。
日本製鉄の側に立って見ると、ポスコが2000年代初頭から急速に電磁鋼板の品質を高め、2004年には世界シェア20%に達していたことに強い疑念を抱いていました。当時の技術格差を考えると、あの短期間でのキャッチアップは不自然だったのです。背景として、1990年代に日本企業の構造的な問題が重なっていました。終身雇用の崩壊と成果への不十分な報酬制度の中で、韓国企業による「退職した日本人技術者への高額報酬スカウト」が常態化していたことも確認されています。実際に2020年度の調査では、営業秘密漏洩の原因の36.3%が退職者による漏洩だとわかっています。
2012年4月、新日鐵(当時は新日本製鐵)は東京地方裁判所と米国の両方に、ポスコと元社員を不正競争防止法に基づいて提訴しました。請求額は約986億円の損害賠償と、ポスコによる方向性電磁鋼板の製造・販売の差止めです。
この訴訟で最大のハードルとなったのは「立証」の難しさでした。日本の法律では、営業秘密侵害の立証責任は被害を受けた企業側にあります。秘密管理性を証明するには「アクセス制限をかけていたか」「マル秘の指定をしていたか」など、日常的な管理体制の証拠が必要です。退職者経由で国外に持ち出された情報の証拠を集めることは、現実的にはきわめて困難です。
約3年の係争を経て、2015年9月にポスコが300億円の和解金を支払う形で決着しました。当初の請求額が986億円だったことと比較すると、大幅に低い金額での決着でした。和解には金銭支払いのほかに、ポスコが方向性電磁鋼板を輸出する際には日本製鉄に技術使用料を払うこと、地域別の輸出量も協議して決めることが盛り込まれました。
また日本製鉄は、技術情報を流出させた元社員10人に対しても別途損害賠償訴訟を起こし、2019年の東京地裁判決では元社員1名について1億2300万円の損害賠償命令が確定。ポスコから受け取った報酬3,000万円の事実も認定されています。
この訴訟の顛末は、日本企業の知的財産管理の脆弱さを世界に見せつけた事件として語り継がれています。
日本製鉄 公式リリース:POSCOとの和解内容(2015年9月30日発表)
経済産業省・IPA:営業秘密漏洩の実態調査レポート(退職者による漏洩36.3%の根拠)
ポスコとの訴訟だけでも十分な衝撃でしたが、話はさらに複雑な方向に展開します。日本製鉄が開発した電磁鋼板の技術が、ポスコを経由して今度は中国最大の鉄鋼企業・宝山鋼鉄(Baosteel)へと二次流出していたのです。
経緯はこうです。前述の通り、ポスコの元社員が宝山鋼鉄への技術開示で韓国で刑事起訴された際、「その技術はもともと新日本製鐵から得たもの」という証言が出ました。つまり技術の流出ルートは「日本製鉄 → ポスコ → 宝山鋼鉄」という二段階の流れをたどっていたわけです。技術の二次拡散、いわば「盗まれた技術がさらに盗まれた」という構図は、一般常識をはるかに超えた事態です。
日本製鉄は宝山鋼鉄が自社技術を侵害していることに気づいていましたが、当時の日本企業は韓国・中国に特許を出願していなかったため、現地での提訴ができませんでした。これが事態を複雑にした最大の要因でした。技術力はあっても、知財を国際的に守るための「権利の城壁」を建てていなかったのです。
状況が急変したのは、宝山製の鋼板が三井物産を通じて日本に輸入され、トヨタ自動車が電動車(EV・ハイブリッド車)のモーター製造に使用していることが明確になってからです。模倣品疑惑のある鋼板が日本国内に持ち込まれた瞬間、日本の特許法が適用できるという逆転の構図が生まれました。
2021年10月、日本製鉄はトヨタ自動車と宝山鋼鉄を東京地裁に提訴。両社にそれぞれ200億円の損害賠償を請求し、トヨタの電動車製造・販売差止の仮処分も申し立てました。同年12月には三井物産も追加提訴されました。これは日本の製造業史上、きわめて珍しいケースです。自動車メーカーにとって最大のサプライヤーのひとつである日本製鉄が、長年の顧客であるトヨタを訴えるという事態はほとんど前例がありませんでした。
結果的に、2023年11月に日本製鉄はトヨタおよび三井物産に対する訴訟を請求放棄により終了したと発表しています。
この一連の流れは、製造業における技術管理の「穴」がどれほど深刻なリスクを呼び込むかを如実に示しています。自社で開発した技術を国際的に守るには、特許出願の地理的な網の張り方から、退職者管理まで、多層的な防衛体制が求められるということです。
赤坂国際法律会計事務所:技術流出の非対称構造・POSCO事件から中国特許無効まで(弁護士解説)
電磁鋼板は「変圧器の部品」というイメージが強い素材ですが、近年はEVの普及によってその重要性が劇的に高まっています。それが特許訴訟の激化にもつながっています。
EV(電気自動車)の性能を決定づける要素のひとつが、駆動モーターの効率です。モーターが1回転するたびに無数の磁束の向きが変化するため、使用される無方向性電磁鋼板の品質がモーターの電力変換効率に直接影響します。鉄損(電気を磁気に変換する際のエネルギー損失)が小さいほど、同じバッテリー容量でも遠くまで走れます。つまり無方向性電磁鋼板の品質は、EVの航続距離に直結するのです。
ハイグレードな無方向性電磁鋼板は、通常のものと比べて0.2〜0.35mm程度の薄さで製造されます。髪の毛の太さが約0.06〜0.08mmですから、その3〜5倍程度の厚さです。薄くなるほど電力ロスが少なくなりますが、製造難度は格段に上がります。この「薄く、均質に、大量に」という壁を突破できるメーカーは世界でもわずかしかありません。
世界の無方向性電磁鋼板市場は、2026年の約197億ドルから2032年には約296億ドル規模へ成長すると予測されており、年平均成長率は5.0%です。EV普及を背景に、この市場は今後も拡大が続く見通しです。
日本製鉄はこの市場の拡大を見据え、2023年にハイグレード無方向性電磁鋼板の生産能力を5倍に引き上げる計画を発表しました。2027年上半期のフル稼働を目指しています。これは電磁鋼板分野で世界トップクラスの技術力を持つ日本製鉄が、EV需要の波に乗って確実に存在感を高めようとしている動きです。
収納や家電に興味がある方にとっても、エネルギー効率の高い家電選びに「どんな電磁鋼板が使われているか」という視点は実は関係しています。モーターを使う家電製品(エアコン・冷蔵庫・洗濯機など)の省エネ性能は、内部に使われている電磁鋼板の品質と密接に結びついているからです。省エネ性能が高い家電ほど、年間の電気代が数千円から1万円以上節約できるケースも少なくありません。
技術流出という暗い過去を共有しながらも、日本製鉄とポスコは長年にわたって業務提携を続けてきました。1998年にポスコが民営化された際、日本製鉄(当時:新日本製鐵)は株式を取得し、相互出資の関係を結んでいたのです。それが2024年から2025年にかけて、大きな転換点を迎えました。
2024年9月、日本製鉄はポスコホールディングスの全株式(約289万株、3.42%)を売却すると発表しました。売却規模は約1,200億円に上ります。背景には、約2兆円を投じる米鉄鋼大手USスチールの買収に向けた資本効率の向上を優先する必要があったこと、そして相互出資を維持するメリットが低下してきたことがあると見られています。
続いて2025年3月、今度はポスコホールディングス側が保有する日本製鉄株式(帳簿価額約470億円)を売却すると発表しました。これにより、1998年以来続いてきた両社の相互出資関係は完全に解消される方向となりました。
ただし、株式を売り合う関係がなくなっても、業務面での提携は継続するという点で両社は一致しています。カーボンニュートラルへの共同取り組み、半製品の相互供給、技術交流といった分野では、今後も協力関係が続く見込みです。2024年8月に戦略的提携契約等を更新したことも、両社が「競争しながら協調する」関係を維持しようとしていることを示しています。
この相互出資の解消は、技術流出という過去の傷と、グローバル競争の現実が複雑に絡み合った結果と言えます。電磁鋼板をめぐる特許と営業秘密の争いを経て、ポスコは技術的なキャッチアップを果たし、今や同じ土俵で競う強力なライバルになっています。それでも「業務提携は継続」という方針は、鉄鋼業界における国際的な相互依存の深さを物語っています。
表にすると以下の通りです。
| 年 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1998年 | ポスコ民営化・相互出資開始 | 日韓鉄鋼業の提携強化 |
| 2000年 | 技術提携契約締結 | 表向きは協調関係 |
| 2012年 | 日本製鉄(旧新日鐵)がポスコを提訴 | 請求額986億円・技術流出 |
| 2015年 | ポスコが300億円の和解金で解決 | 電磁鋼板の技術使用料支払いも合意 |
| 2021年 | トヨタ・宝山鋼鉄も提訴 | 各200億円請求、差止仮処分も申立 |
| 2023年 | トヨタ・三井物産への訴訟を終了 | 請求放棄で終結 |
| 2024年 | 日本製鉄がポスコHD株を売却 | 約1,200億円規模、相互出資解消へ |
| 2025年 | ポスコHDも日本製鉄株を売却 | 相互出資関係が完全解消 |

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