

収納ケースを1つEUに送るだけで、あなたは無料で化学物質の情報を45日以内に開示する義務を負う可能性があります。
2026年2月4日、欧州化学品庁(ECHA)はREACH規則に基づく高懸念物質(SVHC)リストを更新し、「n-ヘキサン」と「ビスフェノールAFおよびその塩」の2物質を新たに追加しました。これにより、SVHCリストに収載される物質数は累計253件となっています。前回の第34次(2025年11月)では「デカブロモジフェニルエタン(DBDPE)」が追加されて251件になっており、わずか3か月の間にさらに2件が追加された形です。
SVHCの更新ペースは年々速くなっています。
ECHAは原則として年2回(春と秋)SVHCリストを更新してきましたが、近年は追加審議が随時行われており、実質的に企業が追いかけるべき物質数が加速度的に増えている状況です。収納関連製品を含む家庭用品・生活雑貨メーカーにとっても、この流れは対岸の火事ではありません。
n-ヘキサンは溶剤や洗浄剤として幅広い産業で使われてきた化学物質で、プラスチック加工の工程にも登場します。ビスフェノールAFはビスフェノールAの関連化合物で、樹脂や接着剤の原料として使われることがあります。どちらも身近な工業製品に含まれうる物質だという点を押さえておく必要があります。
また、2025年12月にはEU加盟国委員会(MSC)がn-ヘキサンのSVHC特定に合意、2025年11月にはDBDPEがSVHCリストに追加と、秋から冬にかけて立て続けに動きがありました。収納用品を製造・輸出している企業は、こうした最新の追加物質が自社製品の素材や製造工程に含まれていないかを確認するタイミングが来ています。
EU REACH規則 SVHC 認可対象候補の物質リスト(EnviX)|最新のSVHCリスト収載状況と更新履歴が確認できます
「REACH規制は化学メーカーの話でしょ?」と思っている収納用品メーカーや輸出事業者は少なくありません。これは大きな誤解です。
具体的な義務は3段階に分かれています。
| 条件 | 発生する義務 |
|---|---|
| 成形品中にSVHCが0.1重量%超 | 川下ユーザー・消費者への情報伝達(第33条) |
| 上記かつ年間1トン超をEU輸出 | ECHAへの届出(第7条) |
| 消費者からの問い合わせがあった場合 | 45日以内に無償で情報提供(第33条2項) |
注目したいのは「消費者からの45日以内の無償情報提供義務」です。
これはEUで商品を購入した消費者が「この収納ケースに有害物質は入っていますか?」と問い合わせたとき、サプライヤーは45日以内に無料で回答しなければならない、という義務です。「知らなかった」では済まない義務が、収納用品にも課されています。
また、フタル酸エステル類(DEHP・DBP・BBP・DIBPの4物質)については、2020年7月以降、成形品中の合計含有量0.1重量%以上がREACH附属書XVIIで制限されています。プラスチック製収納ケースの多くに使われる可塑剤として一般的だったこれらの物質が、EUに向けた製品設計では選択肢から外れた、ということです。
成形品の義務−REACH規則の基礎(J-Net21)|成形品メーカーが負う届出・情報伝達義務の詳細が解説されています
SVHCリストの更新だけでなく、REACH規制を取り巻くルールは2025年〜2026年にかけて複数の方向で強化されています。収納用品に関係する動きとして、特に2点を押さえておくべきです。
まず、PFAS(パーフルオロアルキル物質)規制の進展です。EUでは2024年にREACH規則に基づき、衣類・食品包装・化粧品など一部製品への特定PFAS物質の使用禁止が始まりました。さらに2025年10月には泡消火剤への全PFASの段階的禁止が導入され、2026年末には包括的なPFAS制限案が規制案として採択される可能性が高まっています。PFASは撥水加工素材や収納用品のコーティング材料にも使われることがあるため、素材調達の段階から影響が波及しかねません。
次に、マイクロプラスチック規制です。2023年10月より、EU域内で意図的に添加されたマイクロプラスチック粒子の使用が制限されています。2026年以降はこの規制が「販売禁止」から報告・管理義務を中心とする制度へと移行するとされており、プラスチック収納用品を扱うメーカーには含有状況の把握と報告体制の整備が求められていきます。
これらは収納専業メーカーには「他の産業の話」に見えるかもしれません。しかし素材や部材を調達するサプライヤーが規制対象になれば、結果として自社製品の素材調達自体が影響を受けます。サプライチェーン全体を俯瞰した視点が必要です。
プラスチックペレット規則の公布について(EnviX)|2025年11月施行のプラスチックペレット規制の内容が確認できます
EU輸出を継続するために、具体的に何から手をつければよいかをまとめます。難しく考えすぎる必要はありません。順番どおりに進めれば着実に前進できます。
① サプライヤーへのSVHC情報照会
まず行うべきは、製品を構成する素材・部材のサプライヤーに対して「SVHC含有状況の確認」を依頼することです。国際的な情報共有フォーマットである「chemSHERPA(ケムシェルパ)」を使うと、部品・素材ごとの含有化学物質情報を統一フォーマットで管理・共有できます。chemSHERPAは経済産業省が普及を推進している無料ツールで、中小企業でも比較的導入しやすい仕組みです。
② 含有物質スクリーニングの実施
サプライヤーから回答を得たら、最新のSVHCリスト(現在253物質)と照合し、0.1重量%超の含有がないかを確認します。ECHAの公式サイトでは「ECHA Substance Search」として物質検索機能が無料公開されており、物質名やCAS番号で含有確認が可能です。
③ SCIPデータベースへの登録
SVHCが0.1重量%超含まれる成形品をEU域内で製造または輸入している場合、2021年1月5日以降は「SCIPデータベース」(EU廃棄物枠組み指令に基づく情報データベース)への登録も義務になっています。EU側の輸入代理人を通じた対応が必要になります。
④ OR(唯一の代理人)の選任
日本企業がEU域外から直接REACH対応を行うためには、EU域内に「Only Representative(OR)」を置く必要があります。OR業務を代行するコンサルティング会社や専門機関は複数あり、年間費用は案件規模により異なりますが、数十万円から百万円程度が目安とされています。
まず①と②から始めれば大丈夫です。
REACH規制対応の完全ガイド(DIGIMA〜出島〜)|EU輸出企業の実務対応手順をわかりやすく整理した解説記事です
「日本国内で販売しているから関係ない」という認識は半分正しく、半分は危険です。
REACH規制はあくまでEUの法令であり、日本国内だけで流通させる場合には適用義務はありません。これは事実です。しかし、同じ製品をEUに向けて輸出した瞬間、義務が発生します。越境ECや代理店経由での輸出をしている収納用品メーカーは、知らず知らずのうちに規制対象になっているケースがあります。
また、日本国内向けの収納用品に使われているプラスチック素材に含まれるフタル酸系可塑剤は、日本の法規制では問題にならない濃度でも、REACH規制では上市禁止に相当することがあります。同じ製品でも、日本基準とEU基準を混同してはいけません。
さらに、「輸出量が少ないから届出義務はない」という考え方についても整理が必要です。登録義務は年間1トン以上の化学物質輸出に対して発生しますが、SVHC含有成形品の「情報伝達義務」は輸出量に関わらず、0.1重量%超の含有があれば義務が生じます。
少量しか輸出していなくても、情報伝達義務は例外なく適用されます。
収納用品の主要素材であるABS樹脂・PP(ポリプロピレン)・PVC(ポリ塩化ビニル)はいずれも種類によってSVHCとなりうる添加剤が含まれることがあります。「プラスチックだから大丈夫」という直感的な判断は、REACH対応においては通用しません。素材レベルまで掘り下げた確認が原則です。
REACH規則とは?概要や目的・適用範囲についてわかりやすく解説(日硝実業株式会社)|日本企業がREACH対応で陥りやすい誤解と正しい適用範囲の解説があります