投与前30分を超えて採血すると、あなたのTDM結果が無効になります。
トラフ値は薬物を反復投与したときの定常状態における最低血中薬物濃度のことで、投与直前値を指します。採血タイミングとして次回投与前30分以内が推奨されるのは、この時間帯が血中濃度の経時的推移の中で最も変動が小さい時点だからです。
関連)https://www.pharm.or.jp/words/word00391.html
血中濃度は投与後にピークを迎えた後、代謝・排泄によって一定の速度で減少していきますが、次回投与の直前約30分間はこの減少カーブが最も緩やかになります。つまり血中濃度の変化が少ないということですね。
関連)http://www.med.miyazaki-u.ac.jp/home/yakuzai/files/2020/12/3405-1.pdf
この特性により、採血時刻が数分前後してもブレが少なく、正確な測定値が得られるのです。バンコマイシン(VCM)やアミノグリコシド系薬剤など、治療域が狭く中毒域との差が小さい薬剤では、このトラフ値測定が投与量設計の基本となります。
関連)https://www.nichiiko.co.jp/medicine/infection/infection_control07.php
投与設計はトラフ値採血という前提で行われているため、採血タイミングがずれてしまった場合は必ず当該部署へ知らせる必要があります。これは測定値の解釈が変わってしまうためです。
トラフ値測定を行うには、まず薬剤が定常状態に達している必要があります。バンコマイシンの場合、初回トラフ値測定は投与開始3~4日目、つまり4回目の投与直前に実施するのが基本です。
関連)https://www.crc-group.co.jp/crc/q_and_a/92.html
定常状態とは、投与と排泄のバランスが安定し、血中濃度の波形が一定のパターンを繰り返す状態を指します。アミノグリコシド系薬剤(ゲンタマイシン、トブラマイシン、アミカシンなど)では投与開始2~4日目、アルベカシンでは投与開始3日目が測定タイミングとされています。
関連)https://www.crc-group.co.jp/crc/q_and_a/92.html
途中で投与量を変更した場合や腎機能に変化があった場合は、再び定常状態に達するまで待ってから測定を行います。変更後すぐに測定しても正確な評価はできません。
関連)https://note.com/dandy_ram4154/n/n4940ca442732
測定は投与前30分以内が原則ですが、血液透析患者の場合は透析前の採血となります。透析によって薬剤が除去されるため、透析後では正確な評価ができないからです。
トラフ値測定で最も多い失敗は、採血タイミングのズレです。投与前30分を超えて採血してしまうと、血中濃度がすでに低下しすぎており、実際よりも低い値が出てしまいます。逆に投与直後に近いタイミングで採血すると、まだ濃度が高い状態なので偽高値になります。
もう一つの重要な注意点は、採血部位です。ピーク値測定時には投与に使用した静脈ラインからの採血を避け、反対側の腕から採血する必要があります。投与直後の同一ラインからの採血は、残留薬物の混入により偽高値を示す可能性があるためです。
関連)https://www.nichiiko.co.jp/medicine/infection/infection_control07.php
予測トラフ値と実測トラフ値が大きく乖離する症例も少なくありません。シミュレーションソフトで初期投与量を設定してもトラフの実測値が予測値から外れることがあり、これには患者の年齢、性別、体重、腎機能などが影響します。
関連)https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2017/09/di201708.pdf
特にバンコマイシンでは、投与量が適切でもトラフ値が25μg/mLを超える症例があり、腎機能悪化を来して治療継続が困難になるケースも報告されています。TDM結果を過信せず、患者の状態を総合的に評価することが大切です。
関連)https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/06701/067010051.pdf
重症感染症や敗血症の場合は、より高い目標値として15~20μg/mLが推奨されます。トラフ値が15μg/mL未満だと治療失敗の予測因子になることが報告されているためです。
一方でトラフ値が20μg/mLを超えると腎障害が発現しやすくなります。トラフ値が高い状態が続くと腎機能障害が悪化するリスクがあるため、投与間隔や量の調整が必要です。
関連)https://kobe-kishida-clinic.com/medical-device/antibiotic-drug-level-test/
アミノグリコシド系薬剤のトラフ値目標は1~5μg/mLで、有効性の面から≧1~2μg/mL、安全性の面から≦4~5μg/mLが推奨されます。これらの薬剤も血中濃度の高い状態が続くと腎障害や聴覚障害などの重篤な副作用を招く可能性があります。
関連)https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/koukinyaku/TDM%20others.htm
トラフ値だけでなくピーク値も測定することで、より精度の高い投与設計が可能になります。バンコマイシンのピーク値測定は点滴終了後1~2時間で採血を行います。これは組織分布が完了した時点における血中濃度を捉えるためです。
関連)https://www.chemotherapy.or.jp/uploads/files/guideline/tdm2022.pdf
アミノグリコシド系薬剤のピーク値測定タイミングは投与方法によって異なり、筋注では投与後30分~1時間、点滴静注では終了直後または終了後30分です。点滴終了直後の採血では残留薬物の混入を防ぐため、注入部位の反対の腕から採血します。
関連)https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/koukinyaku/TDM%20others.htm
ピーク値が中毒域に達していれば投与量を減らし、無効域では増量します。トラフ値が安全域を超えていれば投与間隔を延長するか投与量を減量する判断材料になります。
関連)https://www.crc-group.co.jp/crc/q_and_a/92.html
ただし日本のTDMガイドラインでは、バンコマイシンについてルーチンでのピーク値測定は推奨されておらず、トラフ値測定を基本としています。2ポイント採血(トラフ値とピーク値の両方)は1ポイント採血よりも精度が高いものの、実務上の負担も大きいためです。
関連)http://www.kyobiken.or.jp/system/site_data/site_0/page_516/version_22/file/0034.pdf