SDMを「患者に全部決めさせる医療」だと思うと、現場で7割の医師が実践の壁を感じます。
Shared Decision Making(SDM)の日本語訳は、「共同意思決定」「共有意思決定」「協働的意思決定」「患者参加型医療」など複数が混在しており、現時点で定訳はありません。 これは単なる翻訳上の問題ではなく、SDMという概念が「誰が主体なのか」という医療文化の違いを反映しているためです。
関連)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202008039A-buntan10.pdf
日本では長らく主治医が治療方針を決定する文化が根付いており、1990年代ごろからインフォームドコンセント(IC)が広まり始めました。 SDMはそのICをさらに一歩進めたもので、医師が説明して患者が同意するという一方向の構造ではなく、双方が情報を持ち寄り、患者の価値観を組み込んだうえで一緒に決定するプロセスです。
関連)https://p.ono-oncology.jp/support/sdm
日本医療安全学会の定義では「医学情報と患者の価値観・選好に基づいて、医療者と患者が協働して、患者にとって最善の医療上の決定に至るコミュニケーションのプロセス」とされています。 つまり医学的エビデンスと患者の個人的な優先事項の両方が不可欠です。
関連)https://www.jpscs.org/?p=1710
訳語が統一されないことで、施設ごとにSDMへの理解や温度感がばらつくという現実的な問題があります。多職種間で「SDMをやろう」と話し合う際も、各職種が思い描くイメージが微妙にずれていることがあります。共通認識を持つことが基本です。
参考:国立長寿医療研究センターによる「共有意思決定」の概念・4要素の解説
医療や介護の方針を一緒に決める「共有意思決定」とは? | 国立長寿医療研究センター
SDMが成立するためには、以下の4つの必須要素をすべて満たす必要があります。
関連)https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3414_04
この4要素は「どれか1つでも欠けたらSDMではない」という厳格な条件です。インフォームドコンセントとの最大の違いは「合意形成のプロセスに患者が参加しているかどうか」にあります。 患者に説明して同意書にサインをもらうだけでは、SDMではありません。
関連)https://www.sakai-city-hospital.jp/about/mechanism/idea/files/kyoyuishiketteishien.pdf
実践上のステップとして、厚生労働省のSDM運用マニュアル(2022年度版)では「①選択肢があることを伝える→②選択肢の詳細を提示する→③患者の価値観・生活状況を聴く→④一緒に最善策を選ぶ→⑤決定後のフォロー時期を設定する」という流れが推奨されています。 特に③の「患者の価値観を聴く」ステップが現場で省略されがちで、SDMの質を下げる要因になります。
関連)https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001132582.pdf
参考:医学書院による「SDMの4必須構成要素と患者意思決定支援の実際」
患者さんの意思決定をSDMで支援する | 医学書院(週刊医学界新聞)
日本でのSDM浸透率は驚くほど低い水準にあります。2014年に都内10区2市の診療所内科医を対象に行った郵送調査では、SDMが実施されている割合はわずか14.6%でした。 患者側の調査では炎症性腸疾患患者の56%がSDMを「非常に重要」と感じていたにもかかわらず、です。
関連)https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3421_03
普及を妨げる主な障壁は次の3点です。
関連)https://amdd.jp/wp-content/uploads/2021/05/pdf_20210304_01.pdf
「おまかせします」という患者に対してどう関わるか。これはSDMを実践するうえで現場の医療者が最もよく直面する問題です。患者の意思決定スタイルには①能動型(自分で決めたい)②共有型(一緒に決めたい)③受動型(任せたい)の3類型があり、まず患者がどのスタイルを希望するかを確認することが出発点になります。 スタイルの確認が条件です。
関連)https://p.ono-oncology.jp/support/sdm
参考:腎代替療法選択支援におけるSDMの実態調査(J-STAGE掲載の看護学術論文)
SDMの実践を現場で支えるうえで重要な役割を果たすのが「Decision Aid(意思決定支援ツール)」です。 患者が自分の価値観を整理し、選択肢のメリット・デメリットを比較するための補助的な冊子やウェブツールで、医師による口頭説明だけでは伝えきれない情報を補います。
関連)https://www.ckdsdm.jp/sdm/sdm.html
たとえば乳がん手術の場面では、乳房全摘術と乳房温存術の「10年生存率に差がない」という情報は、口頭だけでは患者に正確には伝わりにくいものです。 Decision Aidを使うと「乳房内再発リスクは温存術で10年間に約10%、全摘術で約3%」という数字を視覚的に提示でき、患者が具体的なリスクをイメージしやすくなります。これは使えそうです。
関連)https://www.ckdsdm.jp/document/slide/images/SDM_BasicSlide_202006.pdf
国内では腎臓病SDM推進協会(ckdsdm.jp)がCKD(慢性腎臓病)患者向けのSDMスライドや支援ツールを提供しており、多職種チームで共有できる教育資材として活用されています。 がん領域では厚生労働省のがん検診SDM運用マニュアル(2022年度版)も参考になります。
関連)https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001132582.pdf
現場への導入手順としては「①まず自施設の対象場面を1つ絞る→②その場面に対応するDecision Aidを探す→③多職種で内容を確認してから患者説明に使う」という順番で始めると、スムーズに導入できます。いきなり全診療科への展開を目指すと挫折しやすいため、まず1診療科・1疾患からのスモールスタートが原則です。
参考:腎臓病SDM推進協会によるSDM概要・Decision Aidに関する解説ページ
Shared Decision Making(SDM)とは | 腎臓病SDM推進協会
SDMの概念を理解していても、実際に外来で患者にどう切り出せばよいかわからないという医療者は少なくありません。どういうことでしょうか? 患者に「一緒に決めましょう」と伝えるだけでは、多くの患者は戸惑います。「なぜ先生が決めてくれないのか」と不安を感じる患者もいます。
現場で使いやすいSDM導入フレーズの例を示します。
関連)https://www.doctor-vision.com/dv-plus/column/knowledge/sdm.php
注意点として、「患者に決めてもらう」という表現はSDMの本質を誤解させる危険があります。SDMは「患者が決める」のではなく「患者と医療者が一緒に決める」プロセスです。 患者が最終決定の全責任を負う構造にしてしまうと、患者の心理的負担を増やすだけになります。責任を「分かち合う」という感覚が基本です。
関連)https://www.jpscs.org/?p=1710
また、意思決定支援の場面では患者の感情状態にも配慮が必要です。がん告知直後や突然の重篤な診断後は、患者は情報処理能力が低下している状態にあります。 そのような場面では「今日すぐに決める必要はない」と明示することで、患者が安心してSDMのプロセスに参加できるようになります。精神的な安全確保が条件です。
関連)https://p.ono-oncology.jp/support/sdm
参考:ドクタービジョン「SDM(共同意思決定)とは?患者と医師が協力する医療の在り方」(現役医師監修)
SDM(共同意思決定)とは?患者と医師が協力する医療の在り方 | ドクタービジョン
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