ACR基準を「診断基準」として使っている医師は、患者を誤分類するリスクがあります。
医療現場では「ACR基準を満たさないからSLEではない」という判断をしてしまうケースがあります。しかしこれは根本的な誤解です。
ACR分類基準(ACR 1997)もSLICC基準(2012)も、2019年EULAR/ACR基準も、すべて研究目的で患者を効率よく分類するために開発されたものであり、臨床診断を目的とした「診断基準」ではありません。 日本内科学会雑誌でも「クライテリアを満たさないからといってSLEではないということはできず、クライテリアを満たしても専門医がSLEとはいえないと判断することも稀ではない」と明記されています。
関連)https://tuneyoshida.hatenablog.com/entry/2019/07/19/CC
つまり、分類基準はあくまで「スクリーニングと研究の道具」です。
臨床の場では、分類基準を参考情報の一つとして位置づけ、患者の症状・経過・検査所見を総合した専門医の臨床判断が最終的な診断の根拠となります。 これが原則です。
関連)https://note.com/calm_poppy546/n/na1414a92883b
SLEの分類基準はこれまで大きく3段階で進化してきました。医療従事者として全体像を把握しておくことが重要です。
まずACR 1997年基準は、観察期間中に11項目中4項目以上を経時的または同時に満たせばSLEと分類するという、シンプルな構造でした。 ただし補体低値が基準に含まれていない点や、3項目しか満たさなくてもSLE以外が考えにくい症例への対応に限界がありました。
関連)https://ryumachi.umin.jp/clinical_case/SLE_S.html
そして2019年EULAR/ACR基準が登場します。感度96%・特異度93%という高い精度を実現しており、3つの中で最もバランスが取れた基準です。 Early SLE(発症早期の患者)に対しても良好な分類精度を示すことが確認されており、これは特に注目すべき点です。
関連)https://chuo.kcho.jp/app/wp-content/uploads/2022/03/JC_No_2.pdf
| 基準 | 構造 | 感度 | 特異度 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|---|
| ACR 1997 | 11項目中4項目以上 | 中程度 | 高い | 補体低値・脱毛なし |
| SLICC 2012 | 17臨床+6免疫項目 | 高い | やや低い | 低補体血症・脱毛を追加 |
| EULAR/ACR 2019 | スコアリング式(10点以上) | 96% | 93% | ANA 80倍以上が必須 |
中央病院 ジャーナルクラブ資料 — EULAR/ACR 2019・SLICC 2012・ACR 1997の3基準を詳細比較
2019年EULAR/ACR基準で最も大きく変わったのは、従来の「項目を満たす/満たさない」という二択から、重み付きスコアリング制への移行です。
まずエントリー基準として、HEp-2細胞を用いたANA検査で80倍以上陽性(または同等の検査陽性)が1回でもあることが必須です。 この条件を満たさない場合、そもそも評価の対象になりません。
関連)https://portal.mdd.systems/document/images/sle.pdf
エントリーを通過した後は、7つの臨床ドメインと3つの免疫学的ドメインからなる計22項目について評価します。 各項目には2〜10点の重み付けがあり、合計10点以上かつ少なくとも1つの臨床項目を満たす場合にSLEと分類されます。
点数が高いということです。
重み付けが高い項目の代表例として、ループス腎炎は10点、急性皮膚ループスは6点が与えられています。 各ドメイン内では最も高い点数の項目だけをカウントするルールもあります。 つまり同じドメインの複数項目を二重計上することはできません。
関連)https://nakayamashoten.jp/lmw/75143/pdf/75143_p223-7.pdf
なお、SLE以外の疾患で説明可能な所見はカウントしないという原則も重要です。 これに注意しないと過剰に点数を加算してしまうリスクがあります。
関連)https://portal.mdd.systems/document/images/sle.pdf
SLE 2019年ACR/EULAR分類基準 日本語版 — スコアリング一覧表として実臨床での参照に有用
2019年EULAR/ACR基準の最大の盲点、それがANA陰性SLEです。
2019年基準ではANA 80倍以上陽性がエントリー必須要件となったため、ANA陰性の患者はこの基準でSLEとして分類できません。 しかし実臨床では、ANA陰性でもSLEと診断すべき症例が存在します。
関連)https://ryumachi.umin.jp/clinical_case/SLE_S.html
意外ですね。
さらに深刻な問題として、使用するキットによる測定値のばらつきがあります。確立されたSLE患者集団においても、キットの標準化不足によりANA陰性が20%近く出るキットも報告されています。 つまり検査キットの種類次第で、本来SLEであるはずの患者が基準外とみなされるリスクがあるということです。
関連)https://note.com/calm_poppy546/n/na1414a92883b
ANA陰性が出た場合の実践的な対応として、別メーカーのIFAやALBIAなどの多項目アッセイでの再評価が推奨されています。 複数のアッセイを併用することで陰性率を下げることができます。複数検査の併用が条件です。
関連)https://note.com/calm_poppy546/n/na1414a92883b
また、IFA陰性の結果だけでSLEを除外すべきではないという原則も、臨床では常に念頭に置く必要があります。 強い臨床的疑いがある場合は、検査結果に縛られすぎず専門医への相談を検討することが重要です。
関連)https://note.com/calm_poppy546/n/na1414a92883b
日本リウマチ学会 — SLE全身性エリテマトーデスの臨床情報・分類基準の詳細解説
分類基準を誤用すると、臨床現場では二種類の問題が同時に起きます。一つは「過分類(false positive)」、もう一つは「過小分類(false negative)」です。
過分類とは、SLE以外の疾患を持つ患者がスコア10点以上を満たしてしまうケースです。たとえば自己免疫性溶血性貧血単独の患者が、貧血スコアや免疫学的スコアで基準を満たすことがあります。 この場合、各項目が「SLE以外で説明可能か否か」を慎重に判断するプロセスが、過分類を防ぐ最重要のステップです。
過小分類は逆に、SLEでも分類基準を満たさないケースです。特に発症早期(early SLE)の患者は、まだ症状や検査値が揃っていないため、基準を満たさないことが多いです。 こうした患者を基準未満で切り捨てず、経時的な再評価を続けることが必要です。これが原則です。
関連)https://chuo.kcho.jp/app/wp-content/uploads/2022/03/JC_No_2.pdf
実臨床での運用として特に有効なのが「基準未満であっても臨床的SLEとして治療開始を検討する」アプローチです。専門医のいるリウマチ膠原病科への早期紹介により、分類基準上の判断が難しい症例でも適切な治療介入が可能になります。 早めの専門科連携が患者の転帰を大きく左右します。
関連)https://tuneyoshida.hatenablog.com/entry/2019/07/19/CC
また、本邦ではEULAR/ACR 2019年新分類基準の日本人SLE患者への適用検証が行われ、従来の分類基準と同等以上の正診断率が確認されています。 日本人患者においても2019年基準は安心して参照できるということです。